2018年2月10日土曜日

(K0285)  生活の自立 <自立><定年後><インクルーシブ社会>


 前回、尊厳生を実現するためには自立が必要で、自立しようとする心と自立しようとする行動へ人的支援するのがよいと書いた。今回は、生活の自立に的を絞って検討する。
 

  まず、

(K0021) 「体の健康度」「体の自立度」「生活の自立度」「生活の広義の自立度」 / 自立度など <自立><体の健康>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/05/k21.html

から引用する。
 

===== 引用はじめ

 「体の健康度」と「体の自立度」は関係深いが、一致している訳ではない。がんで「体の健康度」が損なわれても、「体の自立度」が保たれていることもある。

 「体の自立度」は、その人の身体に関するものであり、体の検査で決まる。「生活の自立度」は、どのように生活できるかであり環境も影響する。

 「体の自立度」と「生活の自立度」は関係深いが、一致している訳ではない。裸眼で検査した視力は「体の自立度」に関するものである。近眼は「体の自立度」が損なわれているが、メガネ(道具)をかけることにより「生活の自立度」を向上できる。歩くことについては、杖や車椅子が道具に当たる。

 「生活の自立度」は、道具だけでは確保できないこともある。室内がバリアフリーでないと車椅子を十分使えない。外出する場合は、街のバリアフリーが必要になる。エレベータも設置してほしい。最近、車椅子で

公共バスに乗ろうとすると、運転手が介助してくれる。車椅子を固定する場所・道具も準備されている(写真)。他の乗客の理解も必要である。ハードだけでなくソフトも必要である。法律が後押しする。いずれにしても、環境が影響する。

  車椅子を押してもらうことにより「生活の広義の自立度」を向上できる。お台所で料理できるなら、ヘルパーさんに買物をしてもらえば「自炊」でき「生活の広義の自立度」を確保できる。

 「自立度」を「体の自立度」「生活の自立度」「生活の広義の自立度」に分けて考えたい。「体の自立度」が低下しても「生活の自立度」をできるだけ維持する。「生活の自立度」が低下しても「生活の広義の自立度」をできるだけ維持する。

===== 引用おわり
 

「体の健康度」→「体の自立度」→「生活の(狭義の)自立度」→「生活の広義の自立度」というシーケンスを想定した。

 

  次に、

(K0175) 立体トライアングル・モデル / トライアングル理論(4) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/10/k01754.html

から引用する。
 

===== 引用はじめ

仕事をしている人は先ず「仕事」「趣味」「生活」の第一のトライアングルを形成し、定年を境にして「趣味」「生活」「社会参加」の第二のトライアングルに移る。その過渡期に三角錐になることもある。

===== 引用おわり
 

<定年後>において、「結合トライアングル」および「立体トライアングル・モデル(総合)」を示した。ここには、四つの要素、「仕事」「趣味」「生活」「社会参加」がある。

 

  さらに

(K0188) 生活(3)  / トライアングル理論(12) <定年後>
http://kagayakiken.blogspot.jp/2017/11/k01883-12.html

から引用する。


===== 引用はじめ

(A) 「助け合いネット」(「日常生活における、周辺の人々との、実績ある、助け合いネット」)

(B) 「家事そのもの」

(C) 「家事から発生する諸々」

の順にコメントする。

===== 引用おわり
 

先に述べた「生活」に関連して、「生活の構造」を示した。ここで、「生活(力)」として上記(A)(B)(C)の三つの要素をあげた。

 


考えた順番に述べると、

(1) <自立喪失からの脱却>を検討する中で、「生活の狭義の自立度」「生活の広義の自立度」というコンセプトを提唱した

(2) <定年後>を検討している中で、「生活(力)」というコンセプトを提唱した

(3) <インクルーシブ社会>を検討する中で、「生活の自立」というコンセプトを提唱した。
 

実は、この三つは、まったく同じではないかと思った。

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